|
たくさんの車が通りすぎる殺伐としたハイウエィを
ひたすら歩き続けるひとりの女、ユーニス。
「あたしをみて。 そう。 あたしはここだよ。」
ガソリンスタンドに立ち寄っては
「あんたの名前はジュディスでしょう?」と聞いて回るユーニス。
彼女が店を出たあとは店員の死体が残されていく・・・
ユーリスはミリアムが勤めているスタンドにもやって来て同じ質問を繰り返す。
「曲を探しているんだ。よく思い出せないけど歌詞の内容は
愛を歌っていて・・・ねえ、あんたの名前はジュディスでしょう?」
不審な行動をとって周囲の人々は困惑しているがミリアムは
彼女のことが放っておけなくなり、自分の家へ連れて帰った。
彼女は体の不自由な母親と一緒に暮らしている。
片耳が難聴であるがため、閉ざされた世界の中で生活してきたミリアムは
自分の前に突然現れたユーニスに強く魅かれる。
突然キスをしてきたり、朝目覚めると居なくなっていたり・・・
ユーニスを追ってミリアムは今までの生活をすべて捨てる。
そして二人のジュディスを探すたびが始まった。
車のトランクを開けたミリアムの目に映ったものは見知らぬ男の死体。
「神様はあたしのことをわすれてる。
だからあたしが人を殺しても何も言わないんだ。
もし神様があたしを見ていたら何か起こるはずなのに。」
・・・そう言い放ってユーニスは次々と殺人を重ねてゆく。
森で死体を片づけるミリアムに
「どうして死体を隠したのさ!みつかるようにしておきたかったんだ!」と
残酷な仕打ちをするユーニス。
「あなたを助けたいの」と言うミリアムに
「無理だよ。あんたの方が先に駄目になる。悪に染まるんだ。」と言い捨てる。
ミリアムに出来ることは、そんな彼女のそばについていることだけだった。
ジュディスとは何者なのだろうか、そして二人の旅の行き着く先は・・・
・・・語っても仕方ないことなのだけど,
どうしてもこの監督の作品ってひきずる.なんでだろう?
人間の醜い部分をこんなにも愛のあふれる物語りにしてしまう奇妙さ.・・・違うかな?
ユーニスとミリアム、二人の女性の運命的な出会い.
挿入曲がたまらなく切ない気分にさせるものばかり.
ビョークやクランベリーズの曲が使われているらしいのだけど・・・
どうしてこの映画を観に行ったかというとつまりはアマンダ・プラマーが観たかったのだ.
そして監督のマイケル・ウィンターボトムね.(『日蔭のふたり』の監督だ)
アマンダ・プラマーは『パルプ・フィクション』の例の「ハニー・バニー」です.
あの強烈な声,しゃべり方健在.すごい.
映画の中でもミリアムが
「ユーニスの声だけはいつもきちんとよく聞こえた」っていってるけど
これは真実.
だからこの女優がこの役を演じなければこの物語りは成り立たなかった・・と思う.
純粋が故にユーニスの願いを叶えたともいえる,
ミリアム役のサスキア・リーヴスの泳ぐような視線がたまらなく苦しくて切なかった.
ビデオで観たら泣きまくってしばらくは立ち直れないかも知れない・・・
そんなことを考えさせてしまうほどの強烈な力を持った「疲れる」映画の1つです.
そしてすばらしく崇高な愛の物語.
|